藤田 菜七子(ふじた ななこ、1997年8月9日 - )は、日本中央競馬会(JRA)所属の騎手である。 美浦トレーニングセンター・根本康広厩舎所属。ホリプロとマネジメント契約。 JRA生え抜きの女性騎手は16年ぶりである。 競馬とは関係のない家庭で生まれ、藤田 23キロバイト (3,166 語) - 2019年10月2日 (水) 12:25 |
「第53回東京盃」(Jpn2、ダート1200メートル)が2日、大井競馬場で行われ、
1番人気の藤田菜七子騎手(22=美浦・根本=が騎乗したコパノキッキング(4歳、栗東・村山)が、見事な逃走劇を披露。
JRA所属女性騎手初となる優勝を果たした。24度目の挑戦で自身初の重賞タイトルを手にした。
勝ち馬の入る枠馬で鞍から下りて、検量室に入るまで、菜七子は涙ぐんでいた。
パトロールフィルムを見返すのもそこそこに、奥のシンクで顔を洗う。
頭を上げると、ようやく平静な表情に戻ったが、出てくる時には込み上げるものがあったのだろう。
右手で口を押さえた。口取りに向かうコパノキッキングに、自ら鞍つけして再び馬場に向かう。
まず迎えたのは村山師。両手で握手すると、その右奥からはDrコパこと小林祥晃オーナーが両手を広げていた。
再び両手でしっかり握手して、ほっとした表情を見せた。
激戦の相棒に再びまたがる直前、ようやく笑みがこぼれた。
「すごくほっとした気持ちが大きいです。そしてとてもうれしいです。
続けて乗せていただいた、オーナー、調教師の先生、厩務員の方、たくさんの方々に感謝したい」。
観衆を前にマイクの前に立つと、屈託のない笑顔を振りまいた。
それまで重賞2勝のこの馬とコンビが決まったのは2月のフェブラリーS。
「菜七子に重賞を」とのオーナーの粋な取り計らいだった。
初戦は距離もベストとは言い難いマイル戦のG1では5着も納得だったが、そこから2戦はベストの6Fで惜しい敗戦。期待に応えられずにじくじたるものも抱えていたことだろう。
でも、この馬と、しっかり向き合ったからこそ、この日の勝利を引き寄せた。発想の自由さと思い切り。
五分の発馬からこの日は逃げた。
「どう乗ろうか、ほんとに最後まで悩んだ。
未勝利や500万では逃げているし、いろんな競馬ができる馬。
追い込みとは決め込まないようにしていました。
返し馬に乗って、馬の状態もすごく良かった。これならゲートも出る。出たら行こうと、そのとき、決めました。
大井の直線がこんなに長く感じたのは初めてです」。
終わってみれば直線、一方的に後続を突き放して4馬身差。圧勝だった。
村山師は「権利を取ったので、オーナーが何というか分からないがGIを前向きに調整していく」と、JBCスプリント(Jpn1、11月4日、浦和・ダート1400メートル)への参戦に前向きだ。
もう「女性」という前置きはいらない。いまや普通に信頼できるジョッキーの1人になりつつある藤田が、おそらく次はGI格のタイトルに挑む。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191002-00010046-chuspo-horse
10/2(水) 21:39配信
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